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『なんでこうなった?』

初めまして、髙橋です。
初回ということもあり、元々小売業の人間である私が、なんでまたシステム会社のコラムを担当させていただくことになったのかを自己紹介がてらお話ししたいと思います。(髙橋の経歴紹介はこちら)

生まれは1957(S32)年1月、東京都中野区の出身の60歳です。 親父は建設会社勤めで海外赴任も多い“まじめな仕事人間”であり「学生の本分は勉強だ」というような、いわば固い家庭で育ちました。

1.小売業に携わったきっかけ

そんな親父が日本にいなかった高校2年の時に「社会勉強だ」とか言い張ってお袋を説得して、中学の同級生達が勤務する西友ストアでバイトを始めました。 当時夕方の高校生バイトは、売場への商品品出しがメインで、レジが混むと呼ばれてサッカー(袋詰め)に入るというのが仕事内容でした。

が、なぜだか私は精肉部門付きとなり、白い上張りをきて帽子をかぶり腰には分厚いビニール前垂れを巻いて、白長靴を履くという姿で売場を在庫状況をみて、自分で焼豚やベーコーンをスライスしてパックして補充する係となりました。(その恰好が結構気に入っていました) しばらくすると精肉売場の隣の冷凍食品売場の在庫補充も担当しはじめ、社員さんに相談しながら発注数も決めるようになりました。

  たかがバイトですが「自分で発注した商品を販売する」という商売の原点のような体験はエラく面白く、そこにドップリとはまったことが私の「小売業人生」の出発点となります。

その後、「本分の学業より社会勉強」の身には、険しい大学受験でしたがなんとか地方(金沢市)の経営工学科に進学し、現地スーパーのバイトを続けながらの大学生活で「小売業に就職」という気持ちが固まってきました。

2.おにぎりから自家用車まで

大学を卒業して「小売業を生業」とすると、じゃあ何を売るんだと考えると一番大きい(高い)ものは「家」ですが、何千万円のする家が簡単に売れるはずもなく、次に高額な「自家用車」が色々経験できそうだと思いトヨタ系ディーラーに就職しました。(新型車が出るとショールームに見にいくくらい車好きもあって)
が、実は大学4年で卒論テーマを決める時に注目したのが、1974(S49)年豊洲に1号店をOpenした『セブン・イレブン』でした。

で、4年後には株式会社セブン・イレブン-ジャパン(SEJ)に転職しました。 まず直営店舗に配属され、6ヶ月で異動して店長になり、キャリアとして100円のおにぎりから数百万円の自家用車までを売ったこととなりました。
※低額と高額で途中の価格帯が抜けていますが・・・

3.システムとの関わり

SEJ入社後14か月目に、オペレーション・フィールド・カウンセラー(OFC:店舗経営指導員)となって担当店舗を持つことになりました。 ご存じの方も多いと思いますが、『セブン・イレブン』はフランチャイズビジネスであり、SEJはオーナー店からのチャージ(ロイヤリティ)が原資であり、オーナーさんと日々接するOFCが再前線ということになります。

OFCとして約4年間で延べ25店舗を担当してきましたが、5年目からは第4次「店舗システム」の検討プロジェクトに参画することになり、現場の代表の一人として「こんな機能が欲しいとか、こう改善してほしい」とか意見や要望を上げていたら、半年後に情報システム部に異動となりました。 そして、そこから約10年間、店舗や本部のシステムの展開に携わり、さらにSEJ退職後、アパレル業と洋菓子チェーンで合計13年間システム構築に関わり、定年退職後の今に至るということです。

4.これから

SEJのシステム担当に配属になってから約25年、ろくに専門知識もないまま、各社のシステムに関わってきました。定年後にドリーム・アーツに転職できたのも小売業の視点をもって『現場で使えるシステム』を目指してきたからだとちょっと自負していますし、周りの方々のお陰だと感謝しています。 売上(利益)が思い通りに上がらないとか、慢性的な人手不足等、小売業を取巻く環境は厳しくなっていますが、目覚ましい進化を遂げているITをうまく活用することで、小売業の効率化や情報化が実現できると考えています。

ドリーム・アーツに席を置く現在、今までの知識やShopらんを使ってきたユーザーの目線を持って製品の成長や小売業活性化のお手伝いが出来ればと思っています。 本コラムでも「小売業大好き人間」目線で、全く関係ないことも含め時にはユルく、時にはきつく発信していきます。 問題発言もあるかと思いますが、よろしくお願いいたします。