こんにちは、ドリーム・アーツ CTOの石田(@kensuke_ishida)です。
少し前になりますが、アメリカのニューヨーク市にあるJavits Centerで開催された「NRF2020: Retail’s Big Show & EXPO」に行ってきました。
eration”の略で、日本語では「全米小売業協会」と訳されます。同協会主催の「NRF2020: Retail’s Big Show & EXPO」も、名前と規模を変えながら100年以上続いてきた歴史あるイベントです。
今年は1月12〜14日にかけて3日間開催。約15万円相当の参加費用にも関わらず、約100ヵ国から4万人を超える来場者が集まりました。
この記事では、今回の出張で見て感じたアメリカと日本の小売業界の現状と方向性、最新リテールテックを積極的に取り入れ業界をリードしているWalmart店舗での体験談をお話しします。
実は2018年のRetail’s Big Showにも参加したのですが、当時は、ECの普及やAmazon Goをはじめとした無人店舗の出現などといった、従来のリアル店舗にとって脅威となるサービスが話題をさらっていました。
リテールテックの進化により、従来のリアル店舗から人の手が不要になるのではないかという議論がおこなわれていたのを覚えています。
人の手がなくても、ショッピングができ、店舗が運営できる可能性。リアル店舗における人の介在価値が揺らぐようなニュースが続いたのは、みなさんの記憶にも残っているのではないでしょうか。
あれから2年経った現在のアメリカでは、テクノロジーで店舗を「支援」する方向に小売企業の考えが変化してきています。
今年のRetail’s Big Showでは、D2C/O2Oの活発化やスマートストアの発達といったような、店舗運営をアシストするテクノロジーやサービスが目立っていました。
テクノロジーによって店舗で働く人をいかに支援し、リアル店舗の価値をいかに高めるか。それが、最先端をいくアメリカの小売業界における今のテーマなのでしょう。
日本の小売業界でも、この2年間に無人店舗オープンのニュースはありましたが、これらの事例は試験運用に過ぎません。実用的な観点で考えると、無人店舗の普及は極めて難しいのです。
一方で、つい先日、イオンのレジレスサービス「レジゴー」導入がニュースに取り上げられましたが、これは日本における人を「支援」する立場としてのテクノロジーの一例です。
2018年のアメリカに比べて、今の日本のリテールテックはより現実的・実用的な活用にフォーカスしており、店舗運営支援のためのテクノロジー活用という点において、現在日本とアメリカは同じ方向に向かっていると言えます。
さて、そんな2020年に迎えたRetail’s Big Show。今年は、800を超える過去最多の展示が会場を賑わせていました。
上の写真は、天井に設置されたカメラを通してどの来店客がどの商品を手に取ったかを画像認識で検知し、リアルタイムに会計金額を算出できるサービスです。来店客は金額を確認しながらショッピングができ、アプリ上で会計まで済ませられます。
実は、こうした人の手がなくてもリアル店舗でのショッピングを可能にするサービスは、2018年のRetail’s Big Showでも多く見かけました。
しかし、投資費用やデータ処理などの条件を鑑みると、こうしたテクノロジーの実店舗における利用普及はまず難しいでしょう。
一方、こちらのセンサーは、売場で陳列棚の間を行き来し、商品の間に隙間がないか、間違った商品が置かれていないかを検知できるもの。不足している商品を見つけると、補充リストの作成までやってくれます。
日本のほとんどのお店では、現在こうした陳列棚の確認は店舗スタッフが自ら売場でおこなっていると思いますが、売場が広く、品目が多いほどその手間と時間は店舗スタッフにとって負担となります。
そこで、こうしたセンサーで常に陳列棚の状態をウォッチすることで、店舗スタッフの負担を軽減し、スムーズな商品補充が可能。来店客の店舗体験向上だけでなく、従業員の働き方改善も実現できるソリューションです。
このように、2018年の店舗無人化という傾向から一変し、今年のRetail’s Big Showでは、テクノロジーを駆使して人の業務を支援し、来店客や店舗スタッフのより良い「体験」を実現するという潮流が見られました。
会期中はセッションが全175以上おこなわれており、私もいくつか聴講しました。
“Why retail jobs can be good jobs”というタイトルで、小売業における職場としての改善について講演したのは、Walmart CEOのJohn Furner氏とMIT Sloan School of ManagementのZeynep Ton教授。
小売業でも、働く場としてサラリーを上げていくことはもとより、スキルや専門性を磨く場として、従業員の成長を考えていく必要性が高まっています。
低賃金、不安定な就業時間、成功・成長の機会が少ない仕事内容……これまで小売業の、特に店舗における職場環境は決して魅力的なものではありませんでした。
一部企業を除き、店舗における職場環境の質向上への取り組みを始めていない企業や、取り組みは始めたものの実現からほど遠い状態にある企業も、まだまだ多いのが現状。
しかし、店舗における職場環境の質の向上は、倫理的な側面だけでなく、企業としての競争力強化や財政的な点でも有益です。
今、企業の役割は、株主価値を高めるだけではなく、従業員と顧客と株主のために社会的価値・共有価値を構築することに変化しつつあるといいます。
昨今、日本でも最低賃金の引き上げやHRソリューションの浸透など、従業員満足度に関する課題が注目を浴びています。
企業の成長のためにも、顧客満足度を高めるためにも、従業員体験の向上に注力することが重要になってくる、小売企業の将来を見据えた内容の講演でした。
Starbucks CEOのKevin Johnson氏は、テクノロジーの進化を前に見過ごされがちな、人の感情や人同士のつながりを忘れてはならない、というメッセージを発信しました。
Starbucksは近年、機械学習や人工知能に焦点を当てており、2017年にはAIプラットフォーム「Deep Brew」を立ち上げました。
その目的は、「人間が人間らしくある」ための時間を増やす手助けとなる方法を見つけること。単純に人間のバリスタをロボットに置き換えるのではなく、テクノロジーの導入によりバリスタの負荷を軽減し、ほかのバリスタや顧客とのつながりを促進するためです。
人は元来、他者とのつながりを必要としており、そこから喜びや成功を得るのだとJohnson氏は語っていました。
現在、「Deep Brew」は計算や在庫管理、最適なシフト作成などができるそうです。
また、Starbucksの店舗で、バリスタはマイクをつけて接客をします。マイクを通して自然言語処理によって注文を受けることで、注文を打ち込むためにデバイスを見下ろす必要がなく、お客さまとのアイコンタクトを保ちながら接客ができます。
Johnson氏の話す、「人と人のつながり」を促進するためのテクノロジー活用の一例です。
店舗スタッフの業務効率化やエンゲージメント向上といった領域に焦点を当てたサービスは、ほかにも次々と生まれています。
人の仕事がテクノロジーに乗っ取られるのではなく、人が人にしかできない業務に集中するためにテクノロジーを活用するという形に、両者の関係性は変わってきているのです。
Retail’s Big Showの後には、市内のレビットタウンにあるWalmart Neighborhood Marketに行ってきました。
Walmartによる未来型店舗の実験場「IRL(Intelligent Retail Lab)」として話題の店舗です。
店舗に入ると、陳列棚の上に設置された無数のカメラが目に入りました。
店内に設置されたカメラの数は1,000台を超えるそうです。このカメラは人の動きや売場の状態をモニターしており、写真だと結構な威圧感があるようにも見えます。
ですが、AIは人間を監視するだけのものではなく、人間の仕事を奪うものでもありません。
このカメラの役割は、売場を最善の状態に保ち、困っているお客さまをいち早く発見すること。今まで人間の手でおこなっていた仕事の一部を担い負担を減らすと同時に、より素早い売場の改善や、スムーズなお客さま対応を可能にし、より良い店舗体験の実現に役立っているのです。
「より早く、よりクリーンに、よりフレンドリーに。リテールAIによって、お客さまとスタッフにとってより良い店舗体験を実現できる可能性が生まれる」
店内の各所に、こうしたメッセージを伝えるサイネージが置かれていました。
カメラのほかにも店内には最新のリテールテックが設置されており、店内で取得される膨大なデータを処理するための巨大なデータセンターも来店客にも見える場所にあります。
このような良質な顧客体験・従業員体験を提供する仕組みをつくるために、今はまだこれだけの大掛かりなデバイスとシステム、そして莫大なコストが必要です。
しかし、今後デバイスやソフトウェアが標準化されていけば、今最先端とされるテクノロジーもより身近なところで体験できるようになるでしょう。コストも下がり、大型チェーンストアに限らず、個店レベルでも気軽に幅広く活用できるようになるかもしれません。
機械は機械の、人は人の、できること・やるべきことに集中できる環境が実現すれば、店舗体験のレベルが業界全体で底上げされ、人がいるからこそのリアル店舗の価値は確固たるものになるでしょう。
テクノロジーは人から仕事を奪うものではなく、人にとってより良い体験やコミュニケーションを手助けする存在。今後のリテールテックのさらなる発展に注目です。